上杉 聡子
キャリアインタビュー

育児と仕事を両立し、新たなステージへ。 看護師としての挑戦をこれからも止めない。

上杉 聡子医療法人社団平郁会 みんなの戸塚クリニック 主任・特定行為看護師

キャリアインタビューは こんな人にぜひ読んでいただきたい

  • ライフステージの変化を前に、働き方に悩んでいる

  • これまでの経験を活かして、新たな領域や資格に挑戦したい

  • 医療専門職から事務職・管理職へのキャリアに関心がある

キャリアの悩みを抱えるあなたに、 ぜひ知っていただきたい選択肢があります。

インタビュー

【インタビュー第三弾】医療法人社団平郁会 みんなの戸塚クリニック 主任・特定行為看護師 上杉 聡子さん

【インタビュー第三弾】医療法人社団平郁会 みんなの戸塚クリニック 主任・特定行為看護師 上杉 聡子さん

急性期病院で看護師としてのキャリアをスタートし、出産・育児を経てパート勤務で現場に復帰。現在は訪問診療クリニックの主任、そして特定行為看護師として働く上杉聡子さんにお話を伺いました。

キャリアストーリー

01 病院(急性期)

卒園文集に書いた、看護師になる夢。叶えた先で、在宅医療に関心が向いた。

看護師になることが、私の夢。当時はまだナースキャップがあり、あの姿に憧れて幼稚園の卒園文集にも「看護師になりたい」と書くほどでした。その夢に向かって勉強を続け、看護学校を卒業し、同じ敷地内にある藤沢市民病院に入職しました。配属先は、神経内科と整形外科の病棟です。

急性期病院で働くなかで印象に残っているのは、ヘルペス脳炎の患者様と向き合ったことです。急な発症で意識障害があり、入院時は痙攣も頻発し寝たきりの状態でした。治療とリハビリを重ねるうちに少しずつADLが上がっていったものの、記憶障害や危険を予測しにくくなる症状(社会的行動障害)があり、無理に動こうとされ、転倒を繰り返していました。ADLを高めるために自立を促したい反面、転倒を防ぐ安全対策を優先するとリハビリが進まないという葛藤がある中、医師やMSWも交えた症例カンファレンスを重ね、病棟全体で対応を考えていきました。長い入院期間を経て、患者様は歩ける状態まで回復され、ご自宅へ帰ることができた際には、うれしさと同時に、「退院後はどのように過ごされるのだろう」という思いも残り、それが在宅医療に関心を持つきっかけとなりました。

急性期病院だけでなく、療養型病院や介護施設、訪問診療や訪問看護といった各現場が互いに理解を深め合えれば、患者様やご家族により寄り添った支援ができるはず。「患者様一人ひとりを取り巻く環境全体を捉え、スムーズに在宅へと繋ぐにはどうすべきか」。その問いを抱えたまま、私は一度、看護の現場を離れました。

02 有床クリニック(パート勤務)

育児と両立しパート勤務へ。そこでの経験が、新たなステージへと導いた。

第1子の出産を機に退職し、出産と育児に専念。3年ほど専業主婦として過ごしました。子どもたちとの限られた時間を大切にしたいという思いからでした。

仕事に復帰したのは、第2子を出産し落ち着いた頃。育児を中心にしながらも、できる限り医療に携わり、技術や感覚を取り戻したいという思いが強くなったときです。幼稚園のお迎えに間に合うよう、家から近い有床クリニックで外来や入院の患者さんを看るパート勤務を始めました。子供と離れる不安もありましたが、育児は夫と分担し、最初は夫が休みの日だけ勤務。大変というよりは気分転換という心持ちで週に2日働きに行き、帰ったらまた子供と会える新鮮さを嬉しく感じていました。数か月かけて少しずつ日数を増やし、無理のない範囲で現場に復帰。働く日も柔軟に調整してもらえた上、復帰後の教育環境も整っており、点滴など心配な技術をフォローしてもらえたり、最近の医療の状況を一緒に勉強できたりしたことが大きな支えとなりました。

日々の業務では、シャワー浴やおむつ交換といった日常生活介助から、褥瘡処置、採血、点滴、輸血、外来では美容点滴・注射など施術も担当し、検査介助や手術関連介助、通院できない患者様への往診介助まで経験しました。急性期病院なら研修医や医師が対応してくれていた難しい採血や点滴確保も、所属したクリニックでは自分で行う必要がありました。診療科のくくりがなく、どんな方も来院・入院されるため、疾患や治療への理解も深まりました。一つの診療科病棟にいるだけでは得られなかった学びばかりで、かなり鍛えられ、現職の訪問診療にも生きています。

仕事に慣れて出勤日を増やしていった頃には、子供も小学生になっており、お手伝いとして洗濯物や食器の片付け、お風呂掃除、ご飯を炊くなどをお願いしながら、家族全員で家事をこなすようになりました。夫の単身赴任が始まり、年に2回ほどしか帰宅できない時期もあったのですが、働きながら家事をこなすため、子供との協力や作り置きの活用、土日にまとめて行うなどの工夫をしていました。

勤めて8年経ったころ、子どもたちも成長し、このまま常勤として働くか、転職するかを考えるようになりました。そして選んだのは、できることを更に増やすための転職の道でした。違う分野でも貢献できるようになりたい、子供が離れてからもバリバリ働いていたいという想いは、今も当時も一貫して持ち続けています。

育児と両立しパート勤務へ。そこでの経験が、新たなステージへと導いた。

03 訪問診療

訪問診療に飛び込んで見えたのは、人と組織に向き合うことの大切さ。

以前の経験をきっかけに、患者様の生活により近い場所で支えたいと考え、訪問診療クリニックへ転職しました。通院が難しい患者様のもとへ医師とともに伺う、診療帯同看護師の仕事で、ご自宅や施設で診察の介助や検査、ご相談への対応を行います。また、定期の診療の合間に臨時の往診依頼も受けています。訪問診療ならではのルールや仕組みはわからないことばかりで不安もありましたが、実務を通して一つずつ身につけていきました。

入職した頃は、院長の交代やスタッフの入れ替わりが重なった時期でもあり、診療の帯同に加え、様々な書類の作成や電話対応、検査科の手伝いなど幅広い業務に携わりました。目の前のことを一つずつこなす日々でしたが、おかげでクリニック全体がどのように機能しているのかを知ることができました。

そして、入職から3〜4年経ち主任へ。急性期病院、有床クリニック、訪問診療と働く場が変わるなかで、コストや経営を身近に感じ、「医療をどう届けるか」と同時に、「どう持続させるか」を考えるようになりました。また、身につけた知識や技術を次の人へ伝えたいという思いも芽生え、看護技術だけでなく、人や組織に向き合う力も必要だと考え、日本看護協会の主任・師長研修や指導者講習、マネジメント研修を受講。職場の体制を自ら整え、ともに働く仲間も増やしていきました。

子供も塾で遅くまで勉強に励むような時期だったので、多少帰りが遅くなることがあっても、家庭とのバランスを上手く取ることができていました。本格的に働き始める前に子供と一緒にご飯を作っていたこともあってか、中学校に上がってからは子供が自らご飯やおやつを作るなど徐々に自立し、危なくない範囲で家事を担ってくれたことも印象に残っています。夫が単身赴任から帰ってきた時には1週間ほどみっちり家事を担当してくれるなど、家族全体で家のことを分担して生活できていました。

訪問診療に飛び込んで見えたのは、人と組織に向き合うことの大切さ。

「みんなの戸塚クリニック」とは?

通院が困難な患者様のための在宅医療(訪問診療)専門クリニックです。内科だけでなく、緩和ケアや精神科、脳神経内科など、多くの専門医が連携してご自宅へ定期的に診療に伺います。夜間や休日も安心の「24時間365日の往診体制で、がん末期療養や医療依存度の高いケアにも対応し、ご本人とご家族が安心して自宅で過ごせるよう全力でサポートします。

04 訪問診療(主任・特定行為看護師)

40代で修了した特定行為研修。看護師としてこれからも。

それから40代に入り、看護師の特定行為研修を受講しました。特定行為看護師になると、医師や歯科医師の判断を待たずに、一定の診療補助業務が可能になります。看護師としてさらなる経験を積みたい、患者様のもとで必要な医療をタイムリーに届けられるようになりたいと考え、挑戦しました。

研修期間は息子の高校受験と重なり、仕事や家庭と両立しながら、帰宅後は親子で勉強する生活。子供のご飯や家事を済ませて23時頃からEラーニングを始めるような日も多くありました。高校受験を控えた子供の気持ちの揺らぎも気が気ではなく、常に子供の状況と自分の勉強を気にかけながら過ごしていました。そんな中でも勉強をやめる選択肢はなく、自分の働く幅を広げることが、継続のモチベーションとなっていました。子供たちにも資格受験をすることやお互いに大変になることを伝え、自分を追い込んでいたところもありましたし、夫も「いくつになってもやれることはまだある」とお互いの資格取得に前向きな人です。家族でのお互いの支えがあったからこそ、無事に修了することができました。

現在は主任として、スタッフの教育・指導、医療安全管理、業務管理を行っています。一人ひとりのコンディションに目を配りながら、安心して働ける環境づくりに努めています。また、院内での取り組みに加え、他法人から学ぶ機会も大切にしております。最近では、NRHAの加盟法人として、年に一度開催される地域サミットにも参加しました。全国の拠点から60〜120名ほどが集まり、取り組みや成果を共有しながら、法人の垣根を越えて交流を深める場です。

そうした交流のつながりから立ち上がったのが「とつかウェルネスマルシェ」です。近隣スーパーの屋上をお借りし、地域の方々に訪問診療を身近に感じていただくためのイベントを開催しました。日頃から連携しているシーユーシー・ホスピス様をはじめ、近隣のケアマネジャー、訪問看護ステーション、薬局、Jリーグの横浜FC様、がん治療時のウィッグやネイルを扱うメーカー様にもご協力いただき、お子さんからご高齢の方まで、多くの方に訪問診療を知っていただく機会となりました。

働く場所や働き方が変わっても、看護師の仕事が好きという気持ちは変わりません。私自身、ライフステージに合わせて働き方を選び、できることを一つずつ増やしてきました。これからは特定行為看護師として実践を重ね、現場での生かし方を伝えていきたいと考えています。誰もが看護師として長くキャリアを重ねられる環境をつくることが、次の私の目標です。

40代で修了した特定行為研修。看護師としてこれからも。
一度離れたとしても、輝ける場所は必ずあります。

一度離れたとしても、輝ける場所は必ずあります。

 出産や育児で一度現場を離れても、看護師として積み重ねた経験がなくなるわけではありません。生活が落ち着いたときに、自分に合った働き方で復帰できる職場はあります。NRHAの加盟法人にもさまざまな選択肢があるため、ライフステージに合わせてキャリアを重ねられる場所が見つかるかもしれません。

NRHAなら法人間での
キャリアチェンジが可能!

NRHA 法人間ネットワーク図

NRHAには50法人、400以上の医療機関や介護施設などが加盟しています。これまでの看護経験を活かしながら、加盟法人の間で新しい領域へステップアップできる仕組みは、あなたの次なる挑戦への力強い支えになるはずです。また、元の職場の仲間ともつながり続けられるため、環境が変わる不安が少なく、安心して次のステージへ進めるのも大きな魅力です。ぜひ、あなたにあった働き方をNRHAで探してみてください。

あなたにフィットする職場はどこ?

領域ごとに異なるやりがい

  • 病院(急性・慢性期)

    病院(急性・慢性期)

    医療設備や人員、教育体制などのバックアップが充実している安心感があり、医師が常駐しているため指示受けや情報共有がスムーズに行えるメリットがあります。院内で定められた手順やマニュアルに沿って、チームで看護を行います。

    こんな想いを持つ方へ

    教育や安全体制が整った環境で、知識や技術を磨きたい人
    充実した医療設備と、チーム医療のなかで看護を届けたい人
  • 訪問診療

    訪問診療

    医師の訪問に同行して診療のアシストや処置を行い、患者様やご家族の不安を和らげるとともに、訪問看護やケアマネジャーなど多職種との連携・調整を担います。医師のすぐそばで診療の知識や判断力を学びながら、生活の場に質の高い医療を届け、住み慣れた家での暮らしを支えるやりがいがあります。

    こんな想いを持つ方へ

    医療と生活の両面から、患者様が自分らしく過ごせる環境を整えたい人
    訪問看護やケアマネジャーなど、多職種をつなぐ架け橋になりたい人

 育児で一度は現場を離れながらも、働き方を柔軟に変え、特定行為看護師の受験まで乗り越えて挑戦を重ねてきた上杉さん。環境に支えられ看護を続けられたご自身の経験があるからこそ、現在は働きやすい職場づくりに励んでいます。家族の時間を大切にしながら看護への情熱も持ち続ける、「自分らしい働き方」の可能性を教えてくれます。(NRHA編集部)